角隠しとは、花嫁が婚礼の際、挙式や披露宴において髪を『文金高島田』に結い、その上に被る帯状の白い布のことです。
これは、髪に袷仕立ての長方形の白絹を留まられるようにしたもので、大きさは髪を結っていてもすっぽりと額ほどまで覆いかぶさるくらいの大きさのものです。被っていない状態で見ると、「何だろう?」と思われる方が多いです。
この『角隠し』は花嫁をより美しく見せるための和装アイテムのひとつとして、江戸時代の頃より、婦人用として用いられたかぶりものです。これが明治に入り、表に白の生絹、裏に紅絹をつけて、『文金高島田』の上に留めて、結婚式に用いられるようになったのです。この『角隠し』に合わせる衣裳としては、『白無垢』または『色内掛』が代表的でしょう。
角隠しの由来には数多くの説がありますが、その中でも有名なものを三つ挙げてみましょう。
一つは、『角隠し』には花嫁が「角を隠して夫に従順に従う」という意味が込められているという説があります。その昔、女は「嫉妬に狂うと角が生え鬼になる」といった言い伝えがあり、女が鬼になるのを防ぐおまじないとしてお寺に参る際に『角隠し』を被ったと言われます。このことを由来に、花嫁が「角を隠して夫に従順に従う」ようにと願をかけて、結婚式に『角隠し』が用いられるようになったという説です。
二つ目は、もともと『角』という言葉が古代の子供の髪型である『あげまき』という結髪をさしていたため、そこから派生し、現代の『角隠し』となったという説です。結髪は室町後期から安土桃山時代にかけて定着したと言われていますが、この時に結髪と角の関係も受け継がれたと考えられ、これが現代に受け継がれて『角隠し』の由来になったという説もあります。
三つ目には昔、宮中に仕える女性が結んでいた髪の巻き方を『桂巻き』と呼び、そこから『角隠し』がうまれたとする説です。このような髪型をし、宮中に仕える女性達を『桂女』と呼んでいましたが、この『桂女』はいわゆる巫女のような存在で、祝い事などのあるときに出向いて、祝言を述べたり、お祓いをしたりしていました。また、位の高い人の婚礼儀式にも『桂女』はお供として付いていったので、これが後に結婚式を挙げる側の女性が被る衣装となって、その髪型から『角隠し』が派生したとも言われています。
その他にも多くの説がある『角隠し』ですが、その歴史は、室町後期から安土桃山時代に遡ります。そのころ武家の婦人の外出着に、『小袖』を頭から被って着る『被衣(かづき)』が現れました。これが『角隠し』の起源と言われます。それが時とともに変化し、江戸時代の『練帽子』『綿帽子』、幕末から明治にかけて『揚帽子』、現在の『角隠し』へと変化したと言われています。
この『角隠し』は、現在では多くの場合、美容着付の業者が、かつらと共に貸し出しているので、美容着付の打ち合わせの際に、問い合わせてみましょう。
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